【取材】「生活のための道具をつくりたい」松本で出会ったこだわり、犬飼眼鏡枠

Category : meet the knower クリエイターズ 記事

2016年に松本市城西にオープンした「犬飼眼鏡枠」。

準工業地帯の一角、倉庫として使われていた建物に眼鏡を作るための様々な機械を導入しアトリエとして使うほか、毎週日曜日にはアトリエを解放して展示販売をしています。

 

犬飼厚仁さんの作る眼鏡は、シンプルなのにどこか独特で、一度見たら忘れられないくらい。(取材後、何人かの方に「それ犬飼眼鏡枠の眼鏡ですか?」と聞いて、「よくわかりましたね!」と驚かれました。さりげないけれどしっかりとした個性を持った眼鏡なのです。)

この眼鏡を作り出している犬飼厚仁さんってどんな方なのだろう?
この眼鏡にはどんな背景があるのだろう?
そんな気持ちで、お話を伺いにアトリエにお邪魔させていただきました。

 

きょうのknower

犬飼 厚仁(Inukai Atsuhito)

1978年 松本市出身

犬飼眼鏡枠 代表

 

生活のための道具をつくりたい

ーこの眼鏡が生まれた経緯を知りたいのですが…犬飼さんはお店をオープンする前は何をされていたのですか。

犬飼さん:大学は東京に行って、卒業後松本に帰ってきてサラリーマンとかフリーターしてたんです。そのあと眼鏡の道に。25歳くらいのときに眼鏡の職人になろうと思って、眼鏡の本場である福井県鯖江市に行ったんです。

でもその時は断られてしまって。

ー行動力があるんですね。

犬飼さん:行動力があるのか図々しいのか分からないですけど。サラリーマンの時はIT関係の仕事だったので、一日中パソコンに向かうような仕事が多かったんです。

そういうのって、手に取れないようなものを扱う仕事なので、手に触れるようなものを作りたい、そういうことがしたいんだなって改めて感じたんです。それで一度は断られた職人さんに、2年後に何気なく電話したんですよね。そうしたら職人さんも僕のことを覚えててくれて。

「まだ眼鏡やりたいのか。じゃあそれなら。」って言って、眼鏡卸の会社が新しく製造部署を立ち上げたことを教えてもらえたんです。

ーへえ!それにしても、どうして眼鏡だったんですか。

犬飼さん:ものづくりがしたかったんですよね。美術の大学を出てるんですが、芸術みたいな、そういう作品を作って生活をするっていうことは自分の中では難しい気がしていて。

生活の道具をつくることで生活をしていきたいなって考えていたんです。生活の中で使う、身近な道具ってなんだろうって考えたときに、眼鏡ってのを思いついたんですよね。

 

眼鏡の本場、鯖江へ

ー犬飼さんにとって、眼鏡は身近なものだったんですね。

犬飼さん:大学の時からかけ始めて、なくてはならない道具でしたね。それにちょうどその頃、眼鏡職人がいるってこともなんとなく知った時期だったんですよね。ある職人さんの名前でブランド化された商品が雑誌に載っていて、鯖江から遠く離れた松本でも「眼鏡職人」の存在を知ることができたんです。

実際眼鏡の産地に行くと、職人さんだらけなんですけどね。

ー鯖江といえば眼鏡ですもんね。

犬飼さん:日本の眼鏡の96%は福井県で作られてる。鯖江で90%弱。眼鏡って分業制なんですよ。僕は全ての工程をひとりでやってますけど、本来は削る専門とか磨く専門っていうように、工程ごとに職人さんがいるんです。

福井県って社長が一番多い県だし、県民性かもしれないですけど…「机ひとつで独立」なんて言うくらいなんです。ひとつの技術を身につけたら独立する、そういう世界なんです。レンズを入れるだけの職人さんもいるし、極端な話、ネジを締める職人だっています。

眼鏡を磨くための布。荒さの異なる布と泥の組み合わせで磨きを調整する。

ーおもしろいですね!犬飼さんはどんなお仕事をされていたんですか。

犬飼さん:最初にいた会社は、樹脂のフレームを一貫製造する会社でした。そこに2年間いた後、金属の眼鏡も作れるようになりたかったので、金属の眼鏡を製造してる会社に転職しました。

最終的には眼鏡作りに関わる全てのことを知っていないとできない「試作屋さん」をやりました。

ー試作屋さん?

犬飼さん:職人さんっていうのは、削るとか磨くとかそういうひとつの技術に特化してる人なんですけど、例えばすごく薄いフレームを作りたいときに、強度を保つためにはどのくらいの厚みを持たせないといけないとか分かっていないと一から作ることはできないですよね。

設計をして、設計図を眼鏡っていう実際の形に起こす仕事です。その試作屋さんをやった後、独立しました。

 

そして、独立。

ー独立の時、どんなこと考えてました?

犬飼さん:ひとつは、鯖江を離れた場所で独立をして、ひとりで全部の工程をするってこと。鯖江にはなんでもあるから、あそこを出て眼鏡を作るっていうことがひとつのチャレンジなんですよ。

全部ひとりでできるようになって、それから鯖江に頼むところは頼んでもいいと思いました。自分ができないから人に頼むのと、出来るけど頼むってのは全く違うから。まずはここで完結してやれるようになりたかったってのがあります。

ー不安はなかったですか?

犬飼さん:不安はありましたね。お金が借りられるかが一番不安でした。お金さえ借りれればなんとかなるだろうみたいな、変な自信というか、そこには不安はなくて。作るものに関してはそれなりの自信はあって。鯖江では色々な職人さんとの接点もあって、そういう人たちの作るものを見ては、その仕事を評価して回していく立場だったので、ものの良し悪しとか、技術の良し悪しを見る目もついたと思っていて。それと、自分が作るものとの比較もできたので、そこには不安がなくて。お金だけが不安でしたね。だから、機械もまだ手に入れられてないものも結構あるんです。予算面でできないことがあるのはしょうがないので、そこは補うために手作業での技術を使っているんですけど、やるからにはそれを特別なものにしてます。

 

ひとつひとつの小さな差異の積み重ねが、「犬飼眼鏡枠」の眼鏡を特別なものに

ーそこが犬飼眼鏡枠の眼鏡を特別なものにしてるのかも!もっと聞かせてください。

犬飼さん:そうですね。例えば、アームの中に入ってる芯は鯖江のプレス屋さんに作ってもらってるんですが、それを磨き直してヘアラインっていう流れるような線を入れてるんですよ。

あと、芯貼りという昔の技術を使ってます。プラスチックのフレームって、耳に合わせて曲げるんですけど、その形を維持するために骨として金属の芯を入れてるんです。普通は芯の先を針みたいに尖らせて、一枚のプラスチックの板に熱と圧力でギューと刺していくんです。

でも僕はその機械が高くて買えなかったので、芯貼りという技術を使ってます。

ーどんなやり方なんですか?

犬飼さん:短冊を2枚作って、片方に芯を入れる溝を作って、溶剤をお互い着けて熱と圧力でくっつけるんです。今は鯖江でも芯貼り屋さんは1社しかない、そういう技術なんです。

ただ、芯貼りを遣るからには、この技術じゃないとできないような形にしようと思って、芯の先を尖らせるんじゃなくて、平べったくしてるんです。この形の芯を入れるってことは、刺すことができないから、芯貼りという特別な技術で作った証になるんです。

機械がなくて通常のやり方ができない、それを逆手に取って芯貼りじゃないとできない、それを価値にしてるんです。

ーできないいことを逆手にとる!いいなあ。

犬飼さん:眼鏡って、ある意味どれだけ量産できるかっていうのを突き詰めてる世界なんで、こんな風に一本一本手でやってるなんて何やってるんだって。自分でも何やってるんだって思いますけどね。

ーそういう世界なんですか。

犬飼さん:モーターショーに出る車って奇抜だったり格好よかったりする。でも、実際の量産品になるとそれとはかけ離れた、実際的な形にまとまりますよね。

コストを考えると、「それはやめましょう」「それに見えるような近い形にしましょう」っていうのが基本的な考え方だから、人の顔は色々あるんですけど、どうしても大量生産するためにはその最大公約数の形に寄ってくんです。

大手がやることってそういうことなんですよね。それを最初のスーパーカーの形で作れるってのが僕の強みですね。

 

普通の眼鏡って、大体平らな面で出来てて、角が自然に丸くなってるんです。

でも僕は全部手ヤスリでこの丸みを作ってるから、場所によって丸みが違うでしょ?だからここの形を見ただけで、特別なことをやってるって感じてくれる人もいるんです。

ー量産品には量産品の役割がある。でも、ひとりだからこそ出来ることもあるってことですね。

犬飼さん:そう。量産っていうのは、同じものができないといけないから、ばらつきが出る原因になることってしないんです。けど僕はそれをあえてやってる。こういうのが僕がやる意味のあるものかなあって。

ー犬飼さんにとって「いい眼鏡」ってなんですか

犬飼さん:僕が勝手に思ってるのは、作りにこだわっているもの。

日本製だったり、鯖江製だったり。見た目を重視したものは、見た目は格好いいけど、面の荒さだとか繋ぎ目の合わせ具合だとか、人の顔に合わせられるようになってなかったりとかしますよね。

だから、そういう機能に関わる部分を大切にしたいなと。着け心地もいいし、着け心地をよくできるような調整ができるようになってるとか。

 

「私にも似合う眼鏡」を探すためには

ー最後になりますが、実は私、自分が眼鏡が似合わないなあって思ってて…。何か選び方のコツがあれば教えていただけると嬉しいんですが…。

犬飼さん:ご自分の眼鏡像ってのがあって、似合わないっていう固定概念があるんですよ。だけど、実際に見させていただくと、今まで似合ってたものももちろんお似合いなんですけど、そうじゃない形も似合ったりもします。

例えば濃い色って眼鏡が主張しちゃって、その印象が強くて似合わないと思っちゃったりするんですけど、色を薄くするだけでだいぶ顔と馴染んで、お似合いになったりとか。お好みもあると思いますので、お話させていただきながら選んでいただければと思います。

 

おわりに

シンプルな中にも特別な個性を感じる、「犬飼眼鏡枠」の眼鏡たち。それは、こだわりと言ってしまえば、その一言で片付けられてしまうかもしれないけれど、なんだかそういうんじゃない。手作業ですべすべに磨かれた、たくさんの複雑な曲線が優しく存在している愛らしい眼鏡。

川沿いのアトリエが日曜日に開かれたとき、丁寧に選んだ眼鏡を長く長く大切にしたい。「眼鏡なんて似合わないから、外にはかけていかない」そう思っていた私の考えをぐるっと変えて、「外でもうきうきした気持ちでかけられる、犬飼さんの眼鏡が欲しい」と決意してしまったのでした。

 

「犬飼眼鏡枠」店舗情報

店名:犬飼眼鏡枠

住所:〒390-0875 長野県松本市城西1丁目4−1

TEL:0263-55-4315

URL:http://inukai-opticalframe.com/


(取材・写真:清水 美由紀)

  
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