【日々のこと】髪を切った夜のこと

Category : ひとくちエッセイ 記事

 

東京から帰ってきた。

バスを降りると、松本の夜はすっかり冬のにおいがした。歩いているのに、体は全然あたたまらない。

 

信号待ちをしていると、髪の短い女性たちとすれ違った。「Yeah, totally.」と言っているのだけが聞こえた。

ふたりは口づけを交わしながら颯爽と消えていった。

 

松本は、外国人が多い街だと思う。見わたすとまたひとり、ふたり…

 

「おーい」

名前を呼ばれたと思ったら、目の前に友だちがいた。

「東京から帰ってきたんでしょう。あたしはこれから京都に行く。じゃあね!」

 

SNSを見ているから、話さなくてもなにをしていたのかわかるのだ。

 

とても寒かったので、帰宅そうそう湯船にお湯をはった。

友達から大量にもらった、匿名のバブみたいなシュワシュワの入浴剤をドボンと入れる。

ピンク色のお湯に浸かりながら眺める、湯船の淵の海外製の石けんやオイルのパッケージはとても綺麗にみえた。2年半ほどしか暮らしていないけれど、わたしはここを「自分の家」だと思っていることに気がつく。

 

髪を切ったので頭はひんやりと寒く、同時に洗髪が楽になっているのを感じる。

代官山の美容室に行ってきたんだ、と頭のなかで反芻する。

 

 

4ヶ月だけ東京で暮らしていたとき、同じところで働いていた女の子が今は美容室でアシスタントをしているというので、髪を切りに行った。

いつもは交通費を含めても2000円で散髪しているので税込6480円という価格に少したじろいだが、「店長さんの切ってくれる窓際の特等席」を用意したのだと言われたので、多少根負けしたところもあった。

 

お店のある代官山に行くまでに迷ってしまい、気がつくと目黒まで出ていた。東京のことは、やっぱり全然わからない。だいたいの乗り換えはシンジュクかシブヤなのだ、と雑な認識をあらたにしておいた。

 

お店に入ると、女の子が嬉しそうに出迎えてくれた。

 

同じところで働いていた「やまださん」という女の人が通っていることがきっかけで、この美容室で働くようになったらしい。たしかにやまださんは、いつも素敵な髪型をしていた。

連絡先もなにもしらないけれど、思い出すと心が豊かになるような、きちんとした、そして少し不器用そうな女の人だった。

 

 

おだやかな話しぶりの店長さんは真っ赤なスカジャンを着ていて、手際よく髪を切ってくれた。

 

普段は横と後ろを刈り上げて、頭の上の方を残すような髪型にしてもらっている。

のばそうかなと思いながらも、いつも一定の長さのところで切ってしまう。

「切るとやっぱり、せいせいしますね」と言いつつ、当たり前だけれどまたふりだしにもどってしまう。

それは良いことなのか、ずっと短髪を維持しているわたしにはわからないままだ。

 

同じような髪型であっても、違う人に切ってもらうとまた違う部分が引き出されているような気がしておもしろい。大体おまかせにしているのだが、最近はおとなしい髪型になることが少なくなった気がする。

 

「おこられませんかねぇ」

「きっとだいじょうぶです」

 

自分の言う「だいじょうぶ」の裏側にはいつも人生に対する「雑さ」があるように思えて、すこし泣けてくる。

 

 

似合う髪型ってなんだろうなと思いながら、でも髪を切ったあとの洗髪は毎回気分がいい。

しかし、しばらく経ってからもずっと頭が寒いのには、参った。

  
B!
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